児童相談所からのプレッシャー

2017年6月1日

委託直後は、研修のことをふと思い出すことが多かったです。なぜなら、じー子は、よそ様の大切なお子さんであり、まだ特別養子縁組は成立していないので、全ての権限が私たちにあるわけではないからです。養子縁組前提里親ほど、もどかしい思いをする人はいないと言ってもいいくらい、里親の中では複雑な気持ちになる期間なのかもしれません。すなわち、私だけではなく、多くの人がこの道を歩んだのだと思います。

里親

里親です。私たちは実親ではありません。そのため、ただ預かっているだけですから、もし何かあればとても弱い立場です。じー子は、まだ乳児で喋れませんが、話すようになると、嘘を付く里子さんもいるそうです。そのような時には、対里親では、疑わしきは罰するという精神で徹底的に調べるそうです。もちろん、乳児であっても、傷やあざなどがあれば、まずは虐待の有無を判断するために、けがをしたときの状況を調べるということでした。

児童相談所は、里子のことを守るだけでなく、里親という立場の人が悪さをしないようにプレッシャーをかけているのかもしれません。何かしらトラブルに巻き込まれている子供さんなので、それ以上何かあってはいけませんし、子供のことを守るための制度なので当たり前だとは思います。まんまと引っかかって、そのプレッシャーを感じてしまったのが私です。それはしばらくするといい方向に考えられるよういなり、里子という立場になった子供さんが少しでも楽しく健やかな生活ができればと祈るが故の発言であったと感じるようになったのは言うまでもありません。

坊主憎けりゃ袈裟まで憎い

あの頃の私は、実子を見るような気持ではなく、里子を見るという発想だったのかもしれません。思い通りにならず、もどかしく、かと言って誰かに話せるわけでもなく悩んでいました。その時に、頭の中で勝手に、社会を否定したり、児童相談所に苛立ちを覚えていたのかもしれません。児童相談所の人の中には、高圧的な人もいました。研修などを含めると大勢の人と関わっていましたが、その人の発言などを思い出しては、悔しい気持ちになりました。そして、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、という状態になりました。子供が絡むと、発想がずれてしまっていました。その後はそこに気を付けて生活し始めました。


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